創業55年を迎えた山川国際特許事務所。2代目所長を務める山川茂樹さんは、コロナ禍で浮き彫りになった所内の諸問題について、解決の糸口が見つけられず悩んでいらっしゃいました。
そんな時、取引銀行の担当者から株式会社サーキュレーションの佐藤真也さんを紹介されたそうです。
様々な課題を抱える企業に対し最適な「プロ人材」とのプロジェクトをアレンジされていらっしゃる佐藤さんが、山川さんのお悩みに寄り添うためのプロ人材として選んだのが、35 CoCreation(サンゴ・コ クリエーション)CEOの桜庭でした。
今回は、サーキュレーションの佐藤さんを交え、山川さんと桜庭で鼎談を行いました。老舗事務所ゆえの課題や桜庭とのセッションで掴んだもの、その後の組織と今後の見通しなどについて、山川さんにお聞きしました。
2代目所長。見えている課題は真の課題か?
──山川さんと桜庭との出会いはサーキュレーション様からのご紹介ということでしたが、サーキュレーション様に「プロ人材」の紹介をお願いされた経緯や課題はどんなものだったのでしょうか?
山川国際特許事務所 所長 山川茂樹さん(以下、山川) 私自身が弁理士で、事務所は特許庁に関わる権利化手続きの代理を主な事業としています。55年前に父が立ち上げ、私は25年前に入所し、7年前に後を継いで所長になりました。幸いクライアントに恵まれ、半世紀にわたる実績を売りにして、表向きはうまく回っていたように見えていた組織でしたが、ベテラン所員の退職やコロナ禍での環境の変化などをきっかけに、組織や人に関わる問題が見過ごせない状態になってきていました。そのことを取引銀行の担当にとりとめもなく話したところ、「専門家のマッチングのようなサービスがあるので、一度ご相談されてはいかがですか?」とサーキュレーションさんを紹介いただきました。
株式会社サーキュレーション 佐藤真也さん(以下、佐藤) 当社は企業様が抱える課題に対して、その課題解決後に企業自体が成長し自走できるよう、専門性の高い人材を雇用するのではなく、課題解決をプロジェクトとして導けるプロ人材をデータベースや人柄・実績からマッチングしてご紹介しています。山川さんの場合は、組織・人事のお悩みが多岐にわたっていたので、オールマイティーにご対応いただける桜庭さんをご紹介させていただきました。
35 CoCreation CEO 桜庭理奈(以下、桜庭) 確かに「制度や採用の問題とおしゃっているけれど、実は違うかもしれない。課題が複合的で、かつ解像度がまだ高くないので、根本のところの言語化からお願いしたい」という、少しフワッとしたご依頼だったと思います。
山川 そうですね。この10年でさえも、働く人の価値観は大きく変わってきていると感じていましたが、例えば就業規則は30年前に改定されたきりで、環境の変化に対応しようにも所内には専門的な知識を持つ者がいなかったため、私が一人で抱え込み、見直さなければと思ってから既に3〜4年が経っていました。また、コロナ禍で在宅勤務や時差出勤などを認めたものの、担当業務による就業環境の格差やメンバー間の価値観の違いが浮き彫りになり、ここ2年ほどは事務所内の雰囲気は決して良くはありませんでした。
サーキュレーションさんは、まずは私のとりとめない相談に耳を傾け、弊所が抱えていた課題を整理してくださいました。1つ目は、労働環境の変化に対応すべく働き方のルールをはじめとして就労環境を整備し、いかにしてそれを現場に定着させるかということ。2つ目は、人事戦略と人事評価制度の策定です。弊所では約30年前から能力主義を掲げ、一部の専門職には明確な評価指標があったものの、他の人には基準がありませんでした。最後の3つ目は、就業規則の見直しです。
この3つをプロジェクトの目標として、昨年桜庭さんと月2回のセッションを開始しました。
最初の問いを体と頭を使って熟考
言語化が課題解決の第一歩
──山川さんと桜庭さんは2カ月ほどで「何でも話せる」関係性になられていたそうですが、実際のセッションはどのようなものだったのでしょうか?
山川 まず「どういう風土の事務所にされたいですか?」「経営者として、どのような価値観を大切にしていらっしゃいますか?」という問いから始まりました。質問の意図が分からないながらも、頭を使って考えを巡らせ、思いつくままにお話しさせていただきました。今思えば支離滅裂な回答だったかもしれません。
その話のなかで、桜庭さんから、「3つのF(Fairness、Freedom、Fun)のうち、山川さんが重視されている価値観はFairness(公平性)ですね」と仰っていただきました。的確で分かりやすい形に整理してくださり、「すごいな!」と感動したのを覚えています。
桜庭 ありがとうございます。
山川 その後、セッション開始から1カ月後くらいに「事務所の存在意義は何ですか?」との問いかけがありました。当初は「そんなこと分かっているよ」と思っていたのですが、いざ言語化するとなるとこれが難しい…。何に価値を置くのか、知恵を絞って考えました。そこでいくつか上げていく中で、これまで何となく分かっていたつもりで実は分かっていなかったことが浮かび上がってきました。「これが言語化することか!」と感動しましたね。それに続く形で Mission/志、Value/価値観、Behavior/行動指針(MVB) をまとめることができました 。
事務所のアイデンティティがはっきりしたことで、行動指針も明確になり、事務所の課題解決に向けて様々なことに自信を持って向き合う準備が整えられたと思います。
言語化できたアイデンティティを内外に宣言
桜庭 事業を継承されてから2代目として、お父様の個性とは違うご自身の色や軸を探されていた数年だったとお見受けしていました。アイデンティティを言語化してその軸ができたのではないかと思いますが、それを内外で宣言されたときの心境はいかがでしたか?
山川 進む先は茨の道かもしれませんが、他に楽な道はない、この道で行くしかないという覚悟が生まれました。
あってなかったような就業規則や、能力主義を掲げながら確立されていなかった人事評価制度などを整備し、Mission・Value・Behavior(MVB) をもとに所内でも説明を試みました。これまでは従業員の顔色を伺うようなところがあったのですが、この事務所のアイデンティティとして言語化できたことを伝え、共有することが必要であり、重要だと考えるようになりました。
桜庭 この1年半で山川さんご自身もリーダーとして、個人として変わられたと思うのですが、自覚されていることはありますか?
山川 具体的に自分自身が変わったかどうかは分かりませんが、今までの状態では何も改善できないことに気づき、動けるようになったと思います。
新しい制度や存在意義・価値に対して、肯定的な意見ばかりではありません。しかし、何よりきちんと伝えていくことが重要で、その先には明るい未来が待っていると前向きに捉えています。
桜庭 佐藤さんは 、山川さんにどんな変化を感じられていますか?
佐藤 どうあるべきかが言語化できていくについて、「どうしよう」から「まずはやってみよう」と前向きに進まれている感じがしましたね。やるべきことが明確になったからだと思います。
ブレない軸を見つけたから得られた新しい“仲間”
桜庭 コーチングの中で、現状と将来こうなりたいという組織図を書いて比較したことで、組織機能のブラインドスポットが明らかになりましたよね。その洞察をもとに新しく採用した人たちが、今では一緒に変革を進めていく頼もしい仲間になっているとか。
山川 そうですね。所内には、当初「仕事が減少していく中で人を雇って大丈夫か?」と心配する声もありましたが、皆がよりよく働く環境を作るためには必要だと考え、採用を決断しました。また、企画管理部を作り、前年に採用した者を異動させて整備を進めています。
企画管理部の設置は新しい取り組みであるがゆえに、「何をやっている部署ですか?」という懐疑的な声もありましたし、評価制度に関しても、肯定的に捉えている人がいる一方で、戸惑っている人もいるようです。しかし、企画管理部を設けたことで以前のように私一人で抱え込むことがなくなり、背中を押してもらっていますね。
桜庭 今年の夏に人事評価制度をお披露目されて、その腹落ちのために目標設定のワークショップを実施しましたね。これまで目標を立てたことがない方々も含めて、なぜやるのか?が明確になったのではないでしょうか。様々な反応があっても、ブレずに軸を持たれていますね。
山川 事務所のMission・Value・Behavior(MVB)を言語化したことによって、軸が定まりました。人事評価制度も、所員らの働くことへのモチベーションを高めるだけでなく、皆のベクトルを同じ方向に収斂させる上で重要な役割を果たすと思っています。相手に対してあるところまでは手を差し伸べるけれど、差し伸べた手を取るかどうかはそれぞれの選択。良くも悪くも対等に接することで気が楽になりました。とはいえ、個別の事案には心がざわつくこともありますし、軸がブレないようにするのは難しいですね(笑)。
問いに向き合うプロセスが自走を促進
──山川さんにとって、桜庭はどういった存在でしたか?
山川 「よき相談相手」です。桜庭さんと出会う前までは、恐ろしいことに相談相手が誰もいなかったのです。桜庭さんに様々なケースを紹介してもらうことで、悩んでいるのが自分だけではないと知りましたし、何より課題を整理する際の考え方を提示してもらえたことがよかったです。
組織・人事制度の改革といった大きな課題から所内の細々した問題についてまで、多くの「気づき」をいただきました。
桜庭 ヒントをお出ししたり、問いかけはしても、答えを提示することはしなかったのですが、そのアプローチについてはどう思われましたか?
山川 他人から与えられた答えでは、借り物で終わっていたと思います。答えを提示されるのではなく、問いかけから頭と手を使って自ら答えを探すプロセスは時間もかかりますし、フラストレーションも溜まりますが、それから得られる「気づき」があったからこそ借り物でなく自分のものにでき、活かしていこうと思えたのだと実感しています。
──今後のコーチングに期待することはどんなことですか?
山川 組織の立て直しが待ったなしの状態であることに変わりはなく、それを入れ物(組織)と入れ者(人)に整理したのですが、桜庭さんには、特に人のマインドの部分である人材育成や、この事務所で働くことに前向きになってもらうような働きかけについて、お手伝いをいただければと思います。
桜庭 ありがとうございます。最後に、今回のようなコーチングはどのような方が受けると効果的だと思われますか?
山川 課題が複合的で、まだ解決すべき課題が整理されていない、つまり課題の解像度が高くない方でしょうか。課題の整理も含めて、「どうしていいか分からない」という方にお勧めです。問いを頭と体を使って考え抜くプロセスを通じて自ら「気づき」を得ることで、課題の解像度が上がり、やるべきことが見えてくると思います。
編集後記(桜庭)
事業環境が刻一刻と表情を変える昨今の時代背景の中で、多様な価値観や信条、動機を持った個人が集まっただけでは、同じ船に乗り込み、同じ「北極星」であるカンパニーミッション、ビジョンやゴールを達成するチームへと、進化しません。組織や人、組織風土、リーダーシップといった、白黒つけられないトピックについて、コーチとの信頼で結ばれたパートナーシップの関係性と、数々の対話を通して、リーダーが様々な感情に対面しながらも、前に進む様子を赤裸々に語っていただきました。船の舵を両手で握りなおし、新たな航海へ再出発していく姿を、山川さんにはお話いただき、多くの経営リーダーの胸に響くメッセージをいただきました。
山川茂樹さんプロフィール
大学・大学院では、電気・電子、材料物性、画像処理、システム工学、建築設備、室内環境に関する研究に従事し、1989年に弁理士登録、1990年に山川国際特許事務所に入所。取扱業務は、国内および外国の特許や、意匠、商標の出願および中間処理から、知的財産全般に関する相談、調査・鑑定、訴訟と、多岐にわたる。2016年より所長を務める。
聞き手・執筆/大倉 奈津子