事業の成長に貢献するHRとは――。
ビジネスにおいてHRが果たす役割に期待が高まっています。さまざまなHR手法が取り入れられるようになりましたが、日本電気株式会社(NEC)でグローバル人事部長を務める工藤 司さんが投げかけるのは、手法論以前に「本質を問うこと」の大切さです。
事業成長に真に貢献できるHRになるには、どのような思考法や行動が求められるのでしょうか。グローバルなチャレンジを続ける工藤さんに聞きました。
バウンダリレスオーガニゼーション(境界なき組織)をめざすNECのHR変革
35CoCreation合同会社CEO桜庭 理奈(以下、桜庭):今日のお話を楽しみにしていました。私を前職のGEヘルスケアに採用してくださったのが、当時、同社の人事部長だった工藤さんでしたね。その後、工藤さんはコニカミノルタを経て、2019年にNECに加わりましたが、グローバル人事部長としてどのようなことから着手されたのでしょうか?
NECグローバル人事部長工藤 司さん(以下、工藤):まずは事業と組織の課題・機会がどこにあるのか見つけるために、世界中の拠点を訪問し、社員の話を聞くことから始めました。経営陣から若い層まで、入社2ヶ月で世界中の社員200人は会ったと思います。
すると、どのリージョンでも、同じことを言われたんです。「日本の本社はブラックボックス。何をやっているかわからない」と。その上、「本社は、ある日突然『新しい施策です』とガチガチに仕上げたものを投げてくる」。各国のNECに勤める人も、各々の分野のプロフェッショナルです。当然、こう思いますよね。「自分たちも十分に経験があるのに、なぜ議論にいれてくれないのだろう」と。
桜庭:なるほど、よくわかります。
工藤:海外ビジネスに携わっている3万人の社員のうち、日本の本社にいるのはたったの600人です。日本から海外に駐在する人も300人に過ぎません。それなのに、全体の3%にすぎない日本人だけで作った施策をリージョンに展開し、「この施策はうちでは使えないよ」と言われる。その繰り返しだったわけです。
桜庭:それを変えていこうとしているのですね。
工藤:はい。先ほどの世界中の社員の声は一見すると苦情のように聞こえますが、突き詰めて考えると、海外ビジネスに携わる社員3万人の力がフル活用されていないということです。彼らの力をグローバル全体で結集すればビジネスはもっと成長するはずです。
だからこそ目指すのは国や法人の枠を超えて世界全体を一つの組織と見なして行動する横断的なチーム「バウンダリレスオーガニゼーション」。まずは人事部の組織改革から始めました。
地域ごとの人事を担う「リージョン」、事業部と連携し成長を最大化する「ビジネスパートナーチーム」、HR各専門領域の施策(例:組織・人材開発プログラムなど)を全世界横断でリードする「COE(Center of Excellence)」の3つのチームに再編成しています。この3つのチームで連携してグローバルな人事戦略を作り上げました。
本社機能は日本になくても構いません。COEでは、組織人材開発のリーダーとしてイギリスでオーストラリア人を採用。HRシステムのリーダーもイギリス、報酬のリーダーはオランダにいます。
桜庭:すばらしいですね。ポジションに合う人を探しにいく、本当の意味での「適材適所」では。
工藤:そうですね。社内ではあえて「適『所』適『材』」と言っています。ビジネスに必要なポジション(「所」)をまず考え、もっとも適した人「材」はだれかを考えるのです。これまでの日本企業は、いる人材に合う組織を作ろうとしてきましたが、その逆。この考え方を自分のグローバルHRチームに当てはめた時に、私が期待したCOEの役割を果たせる人材は日本にはいなかったので海外で採用したという経緯です。日本が本社なのだから本社機能であるCOEは日本になければいけないという既成概念を変える必要があります。
事業成長へ導く変革に不可欠なのは「本質を問う力」
桜庭:力強く取り組んでいる様子がうかがえますが、社員のマインドセットを変え、HR変革を進めるのは簡単なことではありません。どのように社内の理解を広めていったのでしょう?
工藤:例えばダイバーシティに取り組むのは、世の中の流れだからではありません。事業の成長につながるからです。ビジネスモデルや外部環境の変化を踏まえ、社員の声やデータをもとに、変革が必要な理由をストーリーとして伝えていきました。すると理解者は増えていきます。
桜庭:「Why」を伝えていくのですね。
工藤:HRのメンバーにも、Whyをしっかりと議論するよう伝えています。「How」、つまりオペレーションの話はその後です。組織変更にしても、「ビジネスの目的を達成できる組織とは?」といった議論を省略しては、本質からずれた意味のない施策になってしまいます。
桜庭:とても共感します。工藤さんはこれまでのキャリアで、本質を問う力を身に着けてこられたのだと思います。
工藤:振り返ってみると、自分がこれまで出会った尊敬するグローバルリーダーは誰もがこう言うんです。「クドウ、その人事施策でビジネスは成長するのか?」と。非常にシンプルですが深い問いです。様々なHR手法を取り入れる以前に、自らに問い続けることが大切ですね。
本質を問う力の鍛え方 ビジネス戦略と人事施策のつながりを可視化
桜庭:それはよい問いですね。企業である以上、ビジネスの成長は外せません。
工藤:HRに求められる能力は、今、変わってきていると思います。従来の日本企業は、雇用の流動性が低く年功序列型。HRに期待されたのは、安定的な制度運用でした。ゼロベースから発想する経験をしていない人が多いと思います。それなのに、最近になって突然HRもビジネスパートナーとしてビジネスへ貢献せよと急に求められる。酷ですよね。
桜庭:なるほど。企業の成長においてHRが担う役割が大きくなっている今、HRはレベルアップしなければなりませんね。工藤さんのような本質を問う力は、どのようにすれば鍛えられると思いますか?
工藤:私のチームで行ったのは、ビジネス戦略と人事施策を可視化するトレーニングです。それぞれの担当事業について、ビジネス戦略を箇条書きで紙に書き出してもらいます。その上で、戦略の実現にどのような組織・人材上の課題があるか、その解決にはどんな人事施策が有効かを書いていきます。
ところが、出来上がったものを事業部長に見せに行かせると、たいてい合っていないのですよ。そこで、戦略や課題を部長からあらためて聞くわけです。これを繰り返すと、ビジネスリーダーが組織を見る視点を自分のものにできます。同時に、リーダーに新しい見方を提供できることも体感するでしょう。
桜庭:大事な視点ですね。HRは組織や制度という箱を作るだけでなく、そこに魂を込めなければビジネスに貢献できませんから。
工藤:最近では日本のHRビジネスパートナー全員を対象として「HRBP Re-skilling Camp」という6ヶ月間の研修プログラムも全社で新たに導入しました。HRに大きな変革が求められる大転換期に「変わらないとダメだ」と号令をかけるだけではなく、HRBPとして身に付けるべき新たな知識・スキルの習得やコンピテンシーの向上を会社としても強力に支援し始めています。
また、本質を問うべきという点に話を戻すと、これは日本企業のHRだけの話ではなく外資系企業のHRも同じです。特に米国系企業は本社が強くトップダウンの傾向にあるため、日本で働くHRの人たちは本社が作った仕組みの上で本質を突き詰めて考える機会が少ないかもしれません。本社施策を受け入れるだけではなく、日本市場のビジネス成長に有効か、グローバル全体としてどうあるべきかを本社と議論する姿勢が必要だと思いますね。日本は、グローバルに活躍できるHR人材が世界的に見ても圧倒的に少ないです。これは言葉の問題だけではないです。本質を問う訓練を続けていくと、アジア・パシフィックや米国本社のポジションを取れるようになると思います。
自分自身が境界を超え、事業成長に貢献するHRへ
桜庭:今、重要な気づきをいただいたと思います。事業成長に貢献できるHRになるには、まず自分自身が少しチャレンジして、現在地から境界を超えていくのが大事なのではないでしょうか。ただ、超えてみたくても超えられない人もいると思います。そういう人にはどんな言葉をかけますか?
工藤:なんでしょうね……。失うものはないと思いますよ。失敗を失敗と思わず、重要な気づきを得る機会だったと思えば。あとは、自分の理想とそのためになすべきことを冷静に見つめ直し、行動すること。夢や目標はワクワクするものですが、現実を冷静に見るとゴールが遠すぎて諦めたい気持ちになるかもしれません。一足飛びに夢や目標にたどり着ける人なんてほとんどいないんですから、まずは自分にできることからやってみることです、どんなに小さい一歩であっても。その一歩一歩の積み重ねが成長であり、途中で新しいことを見つけるかもしれない。自分の境界から一歩踏み出すことで、成功しても失敗しても必ずその人の成長の糧になると思います。
桜庭:工藤さんはグローバルな環境で働いてきましたが、日本人がグローバル人事として活躍する上では、言葉の壁もあります。
工藤:そうですね。でも、会議で一度でも発言すると決めて、続けていくと、次第に気持ちがほぐれてくると思います。私自身もそうでした。境界を超えるには、コンフォートゾーンを抜け出し、新しい環境に身を置く努力をし続けることではないかなと思います。
桜庭:素敵ですね。一歩踏み出す勇気だと思います。工藤さんがNECのHR変革に取り組まれてもうすぐ2年です。今、そしてこれからをどのようにご覧になっていますか。
工藤:社内からはおおむねポジティブに捉えられていると思います。特に海外はそうです。NECの真のグローバルカンパニーに向けた挑戦はこれから3年かかるのか、5年かかるのか、もっとかかるかもしれません。HRとして絶対に外さないのは、事業の成長に貢献するという軸。成長に至るアプローチ自体は、事業環境の変化に合わせて変えながら、挑戦し続けたいと思っています。
桜庭:素晴らしいチャレンジですね。「Why」を突き詰めた上で走り出すと、何年かかっても軸がぶれないのだと思いました。本日はありがとうございました。
編集後記(桜庭)
私が出会ったHRプロフェッショナルの中でも、群を抜いてビジネスインパクトを最大限に出すことに真摯に向き合い、結果を出すことにフォーカスしている方が、工藤さんです。それでいて非常に謙虚で、常にエンパシー(共感)や人間がエモーショナルな存在であることを忘れないバランス感覚に、改めて感銘を受けました。常に変化する環境の中で、人の集合体である大きな組織をリーダーとして牽引していく姿と、一人ひとりの人に向き合う姿と、ディスカッションの粒度の幅がとても広い方だな、と感じました。コロナ禍という不確定要素が多い市況下において、大変勇気をいただきました。